化学分析や材料評価の仕事に興味があると、「ISO17025」という言葉を一度は目にします。
これは試験所や校正機関が、正確で信頼できるデータを出せるかどうかを国際的に証明するためのルールです。
本記事では、化学系の仕事を目指す人・従事している人向けに、ISO17025の基本とキャリアへの活かし方をやさしく解説します。
ISO/IEC 17025ってなに?まずはざっくりイメージから
ISO/IEC 17025は、
一言でいうと 「試験所・分析室が、ちゃんと正しいデータを出せているかを証明するためのルール」 です。
たとえば、こんなところが対象になります。
- 工場の品質管理ラボ
- 受託分析会社の試験室
- 環境測定(排水・排ガスなど)の分析室
- 大学や研究機関の試験所 など
よく名前が出る ISO9001 とどう違うの?という話も、感覚で覚えておくと楽です。
- ISO9001:お店全体の運営ルール
- 「注文を間違えない」「クレーム対応の流れ」「在庫管理の方法」みたいに、
会社・工場・サービス全体の“運営のしかた”を決めるルール。
- 「注文を間違えない」「クレーム対応の流れ」「在庫管理の方法」みたいに、
- ISO17025:キッチン(分析室)のレシピと腕前のルール
- 「レシピ通りに作れているか」「温度計は正しいか」「同じ味を再現できるか」みたいに、
試験・分析そのものの 技術力や手順の妥当性 まで細かく見るルール。
- 「レシピ通りに作れているか」「温度計は正しいか」「同じ味を再現できるか」みたいに、
ざっくりいうと、
ISO9001 = 会社の運営がちゃんとしているか
ISO17025 = 測定・分析の腕前と、その管理まで含めてちゃんとしているか
をチェックするもの、というイメージでOKです。
なぜISO17025が大事なのか
化学の仕事では、「モノ」だけじゃなく “数字そのもの”が商品 になる場面がたくさんあります。
- この水は基準値以下か
- この材料の純度は何%か
- この薬の不純物はどれくらいか
- この排ガスは法律を守れているか
もし、この数字が適当だったらどうなるか…想像するとちょっと怖いですよね。
- 環境基準を超えているのに「大丈夫」と報告してしまう
- 規格外の製品を出荷してクレーム・リコールになる
- 間違ったデータを前提に研究が進んで時間もお金もムダになる
そこで登場するのが ISO17025 です。
このルールに沿って運営し、認定を受けている試験所は、
- きちんと決めた手順で測定している
- 機器の校正やメンテナンスも管理している
- データの記録や計算も、後から追いかけられるようになっている
と第三者に認められたラボ、ということになります。
組織にとってのメリット
- 「うちのデータは信用していいですよ」とお客様や役所に言いやすくなる
- 海外との取引や共同研究でも、そのまま通用しやすい
- 入札や公的案件で「ISO17025認定ラボ」が条件になっていることもある
あなた個人にとってのメリット
- 「ISO17025認定ラボでの分析経験」は、転職のときに強いアピール材料になる
- 測定条件の決め方、誤差の考え方、データの残し方など“どこでも通用する分析の基礎体力”がつく
- 将来、品質保証や試験室のリーダー・マネージャーを目指しやすくなる
つまり、ISO17025は
「とりあえず機械を動かして測っている人たち」
から
「信頼できるデータを設計・管理できる人・組織」
にステップアップするための、ひとつのフレームだと思ってもらうと分かりやすいです。
ISO17025の中身は大きく2つ──“運営のルール”と“技術のルール”
ISO17025の中身は、ざっくり言うと 2つの箱 に分かれています。
- 試験所の運営のしかたに関するルール(マネジメント要求)
- 測定・分析そのものに関するルール(技術的要求)
運営のルール(マネジメント要求)
こっちは「ラボのまわし方」の話です。たとえばこんなイメージ。
- 手順書や記録をきちんと管理する
- 古い版の手順を間違って使わないようにする など
- お客様からの問い合わせ・クレームにどう対応するか決めておく
- ミスやトラブルが起きたとき、原因を調べて再発防止策をとる
- 年に1回くらい、「今のやり方で問題ない?」とラボ全体を見直す
ここは ISO9001 に近い世界で、「組織としてちゃんとしているか」をチェックする部分です。
技術のルール(技術的要求)
化学系の人が一番「自分ごと」にしやすいのがこちらです。
簡単にいうと、「測定の中身」に関するルールです。
- 人の力量管理
- 誰がどの試験をできるのかを明確にする
- 教育・訓練をして、定期的にチェックする
- 試験方法の決め方・確かめ方
- どの試験法を使うか決める(JIS、社内法など)
- その方法で「ちゃんと測れるか」を事前に確認する(バリデーション)
- 設備・機器の管理
- 天秤、ピペット、HPLC、GC、ICPなどの機器を定期的に点検・校正する
- 故障したまま使ってしまうことを防ぐ
- サンプルとデータの扱い
- サンプル採取、保存、前処理の条件を決めておく
- 生データから最終結果まで、どう計算・記録したかを追いかけられるようにする
- 不確かさ・精度管理
- 同じサンプルを何回か測って、バラつき(不確かさ)を把握する
- 標準試料やブランクを使って、日々の測定の調子をチェックする
イメージとしては、
「このラボで、この人が、この機器で測ったら、
ちゃんと同じ結果が出るよね?」
というのを、書類と運用の両方で保証する仕組みが ISO17025 の要求事項になっている、という感じです。
技術的要求事項を「化学の現場目線」で見るとこうなる
ISO17025の“技術のルール”って、教科書っぽく読むと途端に眠くなりますが(笑)、
化学の現場に引き寄せると、やっていることはかなりシンプルです。
まずは「手順書どおりにやって、ちゃんと狙った結果が出るか?」
どんな試験でも、
- 試薬をどう作るか
- サンプルをどう前処理するか
- 機器の条件(温度・流量・波長など)をどう設定するか
- 計算はどうやってやるか
を標準操作手順書(SOP)として決めておきます。
そして、そのやり方で
- 精度(同じものを何回測ったときのバラつき)
- 真度(真値にどれくらい近いか)
- 直線性(濃度とピーク面積が素直に比例しているか)
などをチェックするのが「バリデーション(妥当性確認)」です。
つまり、
「このやり方で測れば、狙った精度でちゃんと測れます」
と胸を張って言える状態にしてから、お客さんにデータを出そうね、という話です。
“不確かさ”と日常の精度管理って、要するにこういうこと
化学分析でよく聞く「不確かさ」は、ざっくり言うと
「この値は ±どれくらいブレる前提で見ればいいか?」
を数字で表したものです。
- サンプリング(採り方)
- 前処理(濃縮、希釈、フィルターなど)
- 機器のドリフト
- 計算・丸め方
…それぞれに少しずつ誤差があるので、それを全部まとめて見える化しよう、というイメージです。
日常の精度管理では、
- 標準溶液を毎日測って管理図をつける
- ブランクや標準試料を一緒に測って、今日の装置の調子をチェックする
- ラボ内で「同じ試験を別の人がやって比較」してみる
といったことをして、「いつも同じクオリティで測れているか」を見張ります。
トレーサビリティ=「あとから全部たどれるようにしておく」
ISO17025でよく出るキーワードにトレーサビリティがあります。
これはかんたんに言うと、
「この結果は、サンプル・機器・標準物質をたどっていけば、ちゃんと根拠に行きつく」
状態にしておくことです。
- 機器:いつ、誰が、どこで校正したか
- 標準物質:どのロットを、どんな証明書付きで使ったか
- サンプル:いつ、どこで、どういう条件で採取・保存したか
- 計算:どの生データから、どういう式で計算したか
これらが途中で途切れず、後から見ても「なるほどね」とわかる。
これが“トレーサブルなデータ”です。
化学の現場にいる側としては、
- 記録を残すのが仕事の半分
- でも、そのおかげで自分のデータに説得力がつく
…くらいに考えてもらうと、ISO17025の技術要求がグッと現実的に見えてきます。
人員の能力評価と教育訓練 ─ 分析担当者はこう見られている
ISO17025では、「ラボとしての腕前」だけでなく、
「誰がどの試験をできるか」もきっちり決めなさい、と言われます。
スキルマップで「できること」を見える化
ISO17025ラボでは、よくこんな表を作ります。
- Aさん:HPLC定量 ○/GCは前処理まで/メソッド開発は✕
- Bさん:GC定量 ○/メソッド開発 △/新しい試験の立ち上げ ○
- Cさん:サンプリング ○/簡単な前処理 ○/機器操作は教育中
…といった具合に、「試験ごと」「装置ごと」に、
誰がどこまでできるかを一覧にしたスキルマップを作るイメージです。
ここで、
- どこまでできれば“合格”なのか
- どうなったら「指導できるレベル」なのか
を決めておき、先輩がチェックしてOKが出たら「この試験を任せてよし」となります。
教育訓練も“場当たり”ではなく、ちゃんとプログラムに
新人教育も、ベテランのブラッシュアップも、「なんとなくOJT」ではNGで、
- 入社後○か月で最低ここまではできるように
- この試験を任せる前に、座学+実習+テストをやる
- 年に1回は最新のガイドラインや規格改訂について勉強する
といった教育訓練プログラムを用意しておくことが求められます。
たとえば化学ラボなら、
- 1年目:基本的なガラス器具・体積計・pH測定・簡単な滴定まで
- 2〜3年目:HPLC/GCのルーチン分析、標準溶液の調製、前処理を一通り
- それ以降:メソッド改良、不確かさ評価、部下への教育 …
のように、「レベル感」をあらかじめ設計しておくイメージです。
キャリア的には「分析作業者」から「品質を作る側」へ
ISO17025のあるラボで経験を積むと、
- 試験条件を自分で組み立てられる
- 新しい人に分析を教えられる
- トラブルの原因を「手順」「機器」「サンプル」などに切り分けて考えられる
といった力が自然とつきます。
これは職務経歴書に書くときにも、
「HPLC分析担当」
だけでなく、
「ISO17025運用ラボで、分析方法の検討・SOP作成・新人教育まで担当」
といった書き方ができる、ということです。
同じ「分析の仕事」でも、
ISO17025的な視点を持っているかどうかで、キャリアの幅はかなり変わってきます。
ISO17025の取得・運用の流れと、現場メンバーが関わるポイント
最後に、「ラボ全体としてISO17025を取るとき、どんな流れなのか」をざっくり整理して、
その中で現場の化学系メンバーが何をするのかを見てみます。
ラボ全体で見ると、ざっくりこんなステップ
- 現状チェック(ギャップ分析)
- 今のやり方と、ISO17025の要求事項を照らし合わせて、「足りないところ」を洗い出す。
- ルール作り(手順書・記録様式の整備)
- 品質マニュアル、SOP、記録フォーマットなどを作る・整理する。
- 技術面の整理(バリデーション・不確かさ・トレーサビリティ)
- 主要な試験について、妥当性確認・不確かさ評価・機器の校正計画などを整える。
- 試運転(内部監査・模擬審査)
- 自分たちで「規格どおり動いているか」を点検し、問題点をつぶす。
- 外部審査(認定機関による現地審査)
- 審査員が来て、書類と現場を見ながら「ちゃんと回っているか」を確認する。
- 運用・維持(サーベイランス)
- 認定を取ったあとも、毎年の審査を受けながら、仕組みをブラッシュアップしていく。
…という感じで、実は「取りました」で終わりではなく、そこからが本番です。
現場の化学系メンバーがやること
じゃあ、現場の分析担当者は何をするのか?というと、主にこのあたりです。
- SOPどおりに試験を行い、結果と作業内容をきちんと記録する
- 異常値やトラブルに気づいたら、そのまま流さず報告する
- 新しい試験法の立ち上げ・バリデーションに協力する
- 内部監査で、自分の担当エリアのやり方を説明できるようにしておく
- 審査員に質問されたとき、「普段こういう手順でやっています」と落ち着いて話せるようにしておく
要するに、
「普段からちゃんとやっていることを、ちゃんと説明できる状態にしておく」
これがISO17025運用ラボの“現場力”です。
ISO17025は「縛り」ではなく、「自分を守る仕組み」と考える
ISOというと、
- 書類が増える
- ルールが細かくて窮屈
というイメージを持つ人も多いですが、ISO17025をうまく使うと、
- 適当な指示で無茶振りされにくくなる
- 設備のメンテナンスや教育訓練が、ちゃんと仕組み化される
- ミスが起きたとき、個人のせいではなく「仕組み」で原因を考えられる
という意味で、「自分を守るルール」にもなります。
化学の現場で長く働きたい人ほど、
「ISO17025=めんどうな規格」
ではなく、
「いいデータを出すための共通言語」
として、味方につけてしまうのがおすすめです。
化学系キャリアとISO17025 ― どんな人に向いていて、どう活かせる?
ここまで読んでみて、
「なんかおもしろそう」
「正直ちょっとめんどくさそう…」
どちらの感想を持ったでしょうか。
ISO17025と相性がいい人には、いくつか共通点があります。
ISO17025と相性がいいタイプ
① データの正確さにこだわりたい人
- 「だいたい合ってればいい」より
「ちゃんと理由のある数字を出したい」
というタイプにはぴったりです。 - 「この値、本当に信用していいの?」と考えられる人は、ISO17025マインド強め。
② 手順や仕組みを整えるのが好きな人
- マニュアル作りや、チェックリスト作成が地味に好き
- 一度決めたやり方を、みんなで同じように回せると嬉しい
こういう人は、SOP整備や改善のところで大活躍します。
③ 現場の“泥臭さ”も嫌いじゃない人
- 実際に装置を触って測るのも好き
- サンプル採りに行ったり、トラブル対応で現場に出ていくのも案外楽しい
ISO17025は机上の話だけではなく、現場とセットで考える規格なので、「動くのが好き」な人ほど向いています。
④ 人に教えたり、相談に乗ったりするのが得意そうな人
- 後輩にやり方を説明したり
- 他部署に測定の考え方を説明したり
といった場面も増えてきます。
コミュニケーションにそこまで抵抗がない人だと、ISO17025ラボでかなり伸びます。
キャリアとしてどう活かせるか
ISO17025の知識や経験があると、キャリアの選択肢はこんなふうに広がります。
ルート例①:分析スペシャリスト路線
- 分析担当 → 主任・リーダー → 試験所マネージャー
- メソッド開発、不確かさ評価、ラボ全体の精度管理など、「数字の品質」に責任を持つポジションに進めます。
ルート例②:品質保証・監査路線
- 分析担当 → 品質保証部門 → 内部監査・外部監査対応の担当
- 「なぜこの手順なのか」「リスクはどこか」を考えるクセがつくので、QAや監査との相性もよくなります。
ルート例③:業界横断でのステップアップ
- 化学メーカーの分析部門 → 受託分析会社 → 環境測定・食品・医薬など別業界のラボ
- ISO17025の考え方はどの分野でも基本は同じなので、「業界をまたいでラボを渡り歩く」こともしやすくなります。
学生・若手のうちにできること
まだ学生や若手の段階でも、できることはいくつかあります。
- インターンや就活で「ISO17025認定試験所」を意識して探してみる
- 研究室で、自分の実験データを「不確かさ」という視点で眺めてみる
- SOPっぽい手順書を、自分で簡単に作ってみる
これだけでも、面接や職務経歴書で
「ただ測るだけでなく、データの信頼性も意識してきました」
と言えるようになります。
まとめ:ISO17025は「いいデータをつくるための共通言語」
ここまでの内容を、最後にギュッとまとめます。
- ISO/IEC 17025は、試験所・分析ラボが「正しく、再現性のあるデータを出せているか」を示すための国際規格
- 中身は
- ラボの運営のルール(マネジメント)
- 測定・分析の中身のルール(技術的要求)
の2つでできていて、どちらもそろって初めて“信頼できるデータ”になる
- ISO17025の考え方を身につけると、
- 単なる「分析作業者」から
- 測定の品質を設計・管理できる「ラボの専門家」
へとステップアップしやすくなる
もし、
「将来も化学分析や材料評価に関わっていきたい」
「データの信頼性にちゃんとこだわりたい」
と感じているなら、ISO17025は必ずどこかで出会うフレームです。
今のうちから少しずつ、
- 手順を言語化する
- 誤差や再現性を意識してデータを見る
といった“ISO17025っぽい考え方”を取り入れておくと、
どのラボに行っても通用する、強い化学系キャリアにつながっていきます。
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